キヤノンが考えるびまん性肝疾患における
定量化アプリケーション
キヤノンメディカルシステムズ株式会社
超音波クリニカルソリューションプロジェクトチーム 渡辺 正毅
Aplio i-Seriesの超音波診断装置は、”Liver Package”と総称する定量化アプリケーション群(Shear wave Elastography: SWE, Shear wave Dispersion map for SWE:SWD, Attenuation Imaging:ATI)[図1]を一つのシステムに搭載し、複数のパラメータを用いて評価できるようにすることを目指し開発を行ってきた。その結果のひとつが、各アプリケーションの値を一つのWorksheetにまとめて一画面で表示可能なMulti Parametric Report機能[図2]である。将来、各指標値を用いて施設ごとに設定可能なトレンドグラフ[図3]と結果を比較して評価できるようにすることにより、疾患の鑑別予測がある程度可能となることを目指している。以下にSWE・WD・ATIについて、技術的な解説をする。
図1 SWE・SWD・ ATI表示例。1回の収集でSWEとATIの情報を得ることが可能。
左上がShear wave Elastography、右上がAttenuation Imaging、左下がShear wave Dispersion、右下がPropagation map for SWE。左上図カラーROI内に表示されている赤い枠がMeasurement Area Detection表示、その計測結果は左下黄色枠内に表示されている。左下黄色枠上側に表示されているのが、推定された減衰係数の結果。右下に表示されている数値は、Shear Wave Elastography, Shear Wave Dispersion map for SWEの計測結果表示。
Attenuation Imaging(ATI)[図1右上]
脂肪肝では、肝深部のエコー信号強度が減衰し描出不良となることが知られており、肝実質の組織構造や音響特性によって減衰量が変化する。そこで、我々は超音波の減衰量に着目し、減衰係数を推定する機能の開発を行った。
Bモード画像で得られた信号には、ゲイン補正やビームプロファイルによる強度変化の影響が含まれているため、単に信号の変化量を算出するだけでは減衰係数を求めることは難しい。そこで、Bモードで得られた信号からゲインの影響を除き、さらに超音波ビームの音場特性の影響を、ファントム測定値をリファレンスとすることで除去し、生体組織の散乱・吸収による減衰のみを反映した信号強度分布に変換している。ばらつきをいかに低減させて代表とする推定値を得るかが本機能の重要な技術の一つといえる。当初、二つの周波数を用いて互いに除算することで減衰係数を推定する方法も検討していたが、生体によるばらつきの程度をより少なく抑えられる本方法を採用した。
また、上述したように、補正後に単純に信号強度分布から変化量(傾き)をとってしまうと、強反射体や血管内など反射強度が極端に小さい対象物が存在した場合には期待する減衰係数を算出することが困難になってしまう。
そこで、減衰係数を推定する領域内をさらに小さな領域に分割し、その小さな領域ごとに信号強度の局所分散値を算出することで構造物か否かの判定を行い、構造物と判定された場合には計測に用いる値から除外するフィルタが搭載されている。本機能においてこの構造物除去フィルタは、安定した減衰係数を算出する上で重要な位置づけとなっている。
計測結果の信頼性の指標として傾きを直線フィッティングした際の決定係数の情報を表示している。この決定係数は信頼性が高い場合は数値が白色で表示され、信頼性が低い場合には「***」と赤色で表示される。ATIでは、減衰係数を比較的均一で大きな領域で測定することを想定しているが、この決定係数は減衰係数を算出する上で対象領域の信号分布が如何に直線フィッティングに適した場所であるかという判断を行う際の参考となる。
Shear wave Dispersion map for SWE(SWD) [図1左下]
粘弾性物体を伝搬するせん断波は一般的に、ずり粘性が大きいと伝搬速度の周波数分散性が生じると言われている。
粘性に関する動態の真相は未だ完全には明らかにはなっておらず、解明・解釈が困難な物理パラメータではあるが、多くの生体組織は粘性の性質を持つと考えられ、今後は弾性だけでなく、粘性ないし粘性に関連がある指標値が必要になってくると考えられる。そこで、本機能では、せん断波の到達時間を周波数に対して分散的(dispersive)な値として考え、周波数ごとにせん断波の伝搬速度を算出している。ここで、周波数成分-位相速度(伝搬速度)の関係に対して、一般的にVoigtモデルやMaxwellモデルなどにフィッテングすることで、ずり弾性係数およびずり粘性係数を算出できる。
しかし、これらのモデルはすべての臨床例で検証された理論ではない。そのため、ずり粘性によって周波数分散性が現れることに着目し、その分散性の程度を一次近似で表し、その値をDispersion Slope(DS値)として色付けし画像表示している。DS値は、単に「周波数が変化したときの速度の変化量」であり、粘性係数ではないことに注意する必要があり、粘性の大小関係以外にも関与する因子がある可能性はあるが、少なくとも、せん断波の周波数に依存し粘性に関連のある指標値であると言える。
Shear wave Elastography(SWE)[図1左上]
Shear wave Elastographyは、音響放射力によって組織の一部に加振し、それによって生じたせん断波の伝搬を観測することで伝搬速度を推定しイメージングする機能である。伝搬速度は硬さの指標値である弾性率に変換することが可能である。従来、SWEとATIは別々に取得する必要があったが、検査をより短く簡便に行えるように、SWE・SWDとATIの一括収集モード[図1]が使用可能となった。さらに、Cooling Time(次のスキャンが開始可能になるまでの時間)中に、画面表示の変更や計測などの作業を行えるようにすることで、検査者の待ち時間の低減を図っている。
図2 Multi Parametric Worksheet 表示例※
一括モードで測定されたShear wave ElastographyとAttenuation Imagingなどの指標値を一覧表示することができる。また、サイトごとにカスタマイズ可能なレーダー表示も可能。
図3 Multi Parametric Worksheet グラフ表示例※
スライダー表示(左)とレーダー表示(右)の二種類を作成・表示可能
※図内の数値は例です