Made for Life_Interview

Vol.4

キヤノンメディカルシステムズ株式会社
代表取締役社長

瀧口 登志夫

広島大学大学院 医系科学研究科
放射線診断学研究室 教授

粟井 和夫

一般財団法人 大原記念財団 大原綜合病院
診療顧問 画像診断センター長

森谷 浩史

国民健康保険 平戸市民病院
総技師長

岩永 繁範

CT被ばく半減プロジェクト
未来のリスクを限りなくゼロへ――

低線量でのCT検査を可能にした
絶え間ない歩みと信念の物語

日本でCTが稼働してから約50年。頭部CTから始まり、全身撮影が可能となったCTですが、空間分解能に優れ、低侵襲な検査が短時間で可能になったことから、さまざまな装置で行っていた検査をCT検査に置き換えてきました。しかし一方で、CT検査は被ばくの問題が切り離せません。キヤノンでは被ばく低減と画質を両立するために、さまざまな開発を行ってきました。その中で、2011年に始まった象徴的な取り組みが『CT被ばく半減プロジェクト』です。今でも続くこのプロジェクトが始まった社会背景や、技術開発の経緯、そして臨床にもたらした効果についてお伝えしていきます。

CT被ばく半減プロジェクトの歩み

2011年

AIDR 3D

『CT被ばく半減プロジェクト』がスタート。当時最新の被ばく低減技術(Adaptive Iterative Dose Reduction 3D:AIDR 3D)を全機種に標準搭載し、既存装置についてもアップグレードを行うと宣言。

2014年

Global Standard CT Symposium 2014にて、AIDR 3Dを搭載した装置では体幹部で平均約30%、最大で約84%の被ばく低減が実現できたことを報告。その後も毎年継続してプロジェクトの進捗を報告し続けている。

2015年

FIRST

モデルベース逐次近似再構成法(Forward projected model-based Iterative Reconstruction SoluTion:FIRST)を開発。空間分解能を最大限に引き出し、細部までクリアな画像が得られるようになる。

2018年

AiCE

Advanced Intelligent Clear-IQ Engine(AiCE)を開発。ディープラーニングを用いて設計したSNR向上技術により、さらなる高画質・被ばく低減と高速ワークフローを両立。

2021年

PIQE

低空間分解能の画像から高空間分解能の画像を再構成するPrecise IQ Engine(PIQE)を開発。超解像の鮮明な画像をより低被ばく・短時間で提供。

2023年

16列CTから320列CTまで全セグメントにAiCEを搭載。より多くの患者さんに、高画質かつ低被ばくなCT検査を提供することが可能に。

2024年

複数の物質構成を特定でき、定量性に優れたフォトンカウンティングCT(PCCT)の研究など、ハード部分でのさらなる被ばく低減を模索。実用化に向けて開発を進める。

※ディープラーニングは設計段階で用いたもので、システムに自己学習機能は有していません。


CT被ばく半減プロジェクト

『CT被ばく半減プロジェクト』は
Made for Lifeから生まれた
未来への“約束”

2011年から始まった『CT被ばく半減プロジェクト』。当時最新の被ばく低減技術であったAIDR 3Dを全機種に標準搭載したのみならず、すでに販売された既存のCTにもソフトのアップグレードを行いました。これにより、平均で約30%(体幹部の場合)の被ばく低減を実現。日本におけるCT被ばく低減に貢献しました。プロジェクト発足の経緯や、毎年の活動報告の意義、被ばく低減がもたらす未来について、キヤノンメディカルシステムズ代表取締役社長の瀧口に聞きました。

Interview

キヤノンメディカルシステムズ株式会社
代表取締役社長

瀧口 登志夫

取材日:2024年5月10日(キヤノン株式会社 本社)

『Made for Life』に込めた、
いのちに向き合うという“決意”

私たちが掲げる『Made for Life』は、「我々は何者なのか」を自問自答した先に見出したスローガンです。医師をはじめとする医療従事者の方々は、患者さんのために何ができるのかを日々追求し、よりよい医療を提供するために挑み続けています。私たちは直接医療を提供することはできませんが、医療従事者の方々の想いを理解し、製品をつくり、最適な活用方法を伝え、課題を見つけ、次の製品に活かすことができます。医療従事者の皆さんとともに、患者さんの尊い『いのち』に向き合う行動すべてが『Made for Life』なのです。私自身、この仕事を志したのは医療に貢献したいとの思いからであり、同じ思いで入社した社員も大勢います。たとえ技術開発や顧客対応にかかわっていない社員であっても、間接的に『Made for Life』に携わっていることに変わりはありません。一人ひとりが自分にとっての『Made for Life』とは何か、どの選択が最も『Made for Life』に近いのかを常に考えながら、日々の業務にあたっています。

CTの普及に伴い
医療被ばくが問題に

『Made for Life』を体現する活動のひとつが、『CT被ばく半減プロジェクト』です。CTは身体の内部の情報を、緻密に、かつ短時間で得ることができる素晴らしい装置であり、世界中の人々に大きなメリットをもたらしてきたことは疑いようがありません。しかし原理上X線を使うため被ばくの問題は切り離せず、また被ばく量と画質がトレードオフの関係であるがゆえに、ベネフィットとリスクを考慮した運用が必要です。せっかくのよい検査の価値が被ばくのために損なわれてしまうことのないよう、被ばくを低減し、かつより検出度の高い検査にすることを私たちは目指すべきだと考えました。

また日本は国民皆保険制度により、世界でもトップクラスの保険医療水準と平均寿命を維持しています。そのためCTをはじめとする高機能な画像診断機器も広く普及し、他国と比較しても人口あたりのCTの保有台数が世界で最も多い※1ことから、誰もがCTにアクセスしやすい環境です。現在では年間約3,000万件以上のCT検査※2が行われていると推定されており、CT被ばくの問題は日本の医療課題のひとつだといえます。

※1:OECD Health Statistics 2020
※2:日本学術会議.CT検査による医療被ばく低減に関する提言

不断の技術開発が可能にした、
被ばく半減という“約束”

X線撮影診断装置やCTなど医療被ばくを伴う装置を扱う医療機器メーカーとして、医療被ばくの問題は目をそらすことのできない重要なテーマです。私たちは、常により少ない被ばく量で高精細な画像を得るための研究開発を重ねてきました。『CT被ばく半減プロジェクト』の発端となったのは、AIDR 3Dの開発でした。逐次近似再構成法の応用で強力なノイズ低減を実現し、低被ばくで大幅な画質向上に成功。CT黎明期から向き合ってきた「医療被ばくという社会課題を解決したい」と願う強い情熱が、この技術開発を支え、会社をあげての一大プロジェクトを発足させました。国内で稼働するCTのうち約半数のシェアを持つ私たちが被ばく半減に成功すれば、日本の医療被ばく低減に大きなインパクトを与えることができます。販売するすべての機種にAIDR 3Dを搭載し、また既存のCTに対しては全国各地の施設にサービススタッフが赴き、アップデートを実施。この結果、同じ施設において、AIDR 3Dの導入前後で、平均で約30%の被ばく低減(体幹部において)を実現しました。

既存適応機種145台へのAIDR 3Dインストール後の
線量低減状況(2014年8月22日発表)

2015年にはFIRSTを開発しました。従来法とは全く異なる画期的な再構成技術を用いることで、高分解能かつノイズの劇的な低減を実現しています。そして2018年にはFIRSTで得た画像を教師データに、ディープラーニングを用いて開発したAiCEが登場しました。AiCEは低線量でもより高画質、かつ短時間での検査を可能にする技術であり、臨床応用という点でも非常に優れたソフトです。2023年にはAiCEを16列から320列までの全セグメントに標準搭載し、さらに幅広い施設で導入いただける体制が整いました。現在ではAiCEを発展させたPIQEや、ハード面ではPCCTといった被ばく低減技術の開発も進んでいます。

プロジェクト発足時に掲げた目標は達成しましたが、被ばく低減への旅は道半ばであり、結果には満足していません。毎年プロジェクトの活動報告を行っているのは、実行すると決めたことを遂行し、結果を正しく確認するため。常に決意を新たにし、さらなるCT被ばく低減を目指しています。

医療のエコシステムを
次のステージへ

CTがより低被ばく・高分解能になることによって、その活用範囲が広がるというメリットもあります。例えば狭心症を診断するための冠動脈狭窄検査。かつては心臓カテーテル検査が主流であり、カテーテルの挿入、つまり侵襲を伴うものでした。しかし技術の進歩によってCT撮影でも正確な評価が可能になり、今ではその多くがCT検査に置き換わっています。これにより患者さんの負担が軽減しただけではなく、カテーテル室を検査ではなく治療で使えるようになり、医療リソースを有効活用できるようになったのです。被ばく低減によってCTの利用価値が向上すれば、医療全体のエコシステムがより高水準なものへ進化していくことにつながるのではないでしょうか。被ばく低減だけでなく、さまざまな技術開発を通じて常にCTをはじめとする画像診断機器の最先端をゆく存在でありたい、そんな意味でのグローバルNo.1を私たちは志しています。

5年ほど前、フロリダの子ども病院の医師とこんな会話がありました。

「キヤノンのCTは、被ばく線量が米国のガイドラインから外れるから困っているんだ」
「えっ?まさか」
「ガイドラインの下限を下回るほど低被ばくなんだよ」

と、笑いながら怒られたのをよく覚えています。製品の進化を通じて、患者さんによりよい医療を提供することが私たちの使命です。被ばく低減の目標にゴールはありません。飽くなき追及と挑戦で、これからも患者さんの『いのち』を守る医療に貢献していきます。

『日本の医療被ばくを半減したい』という決意を伝えた
同プロジェクトのポスター(2014年)

CT被ばく半減プロジェクト

社会課題の解決を目指し
キヤノンとの共創で技術開発を支える

臨床と研究の最前線で活躍する、放射線診断専門医の粟井氏。CTでの医療被ばくを最小限に抑えながら、診断に有用な画像を得るための研究をキヤノンと共に行っています。AIDR 3D、FIRST、AiCEといったキヤノンの誇る画像再構成技術開発を医師の立場から支える粟井氏に、被ばくが与える影響や、技術開発の難しさ、被ばく低減への課題についてお聞きしました。

Interview

広島大学大学院 医系科学研究科
放射線診断学研究室 教授

粟井 和夫

広島大学病院

取材日:2024年5月20日(広島大学病院)

DNAに損傷を与える
医療被ばくのリスク

私はもともと肺気腫や慢性閉塞性肺疾患など呼吸器系の研究からはじまり、40年来CTについての研究に取り組んでいます。CTによる放射線被ばくの影響ですが、子どもは大人に比べて放射線の感受性が高く、わずかに発がんリスクが上がるという報告が継続的に発表されており、その可能性は否定できません。大人に関しては疫学研究が難しく、現時点では小児のような研究報告はありません。しかし、放射線被ばくによってDNAに損傷が生じることがわかっています。通常は数日のうちにほとんど修復されますが、損傷が積み重なると発がんに至るリスクが示唆されています。もちろん、CT検査で得られるメリットが被ばくの影響を大きく上回る前提があって検査は行われていますが、命にかかわる懸念がある以上、被ばくは少なくあるべきです。どこまで少なければ安心かは明言しづらい問題ですが、私たちの研究では、被ばく量を1.5mSv程度に低減したCT検査の前後で染色体異常を観察したところ、DNAの損傷は見られませんでした。これは、今後ひとつの目安になると考えています。

被ばく低減への信念に共感し
共同研究を進める

2007年にキヤノンメディカルシステムズ(当時の東芝メディカルシステムズ)が320列CTを世界に先駆けて発表したときのインパクトは大きく、それまで海外メーカーが席巻していた時代の中で、国内メーカーのブランド力を底上げし、ジェネレーションが変わったという印象でした。またハードはもちろんソフトに関しても改良を重ね、私たち医療従事者や患者さんに寄り添っている姿勢を感じていました。そんな折、2010年に私が広島大学の教授に着任した際、キヤノンとの共同研究の話が持ち上がり、CTの被ばく低減について取り組むことになったのです。AIDR 3Dの開発では基礎評価を担当しましたが、翌年同ソフトウェアを全機種に搭載すると宣言した『CT被ばく半減プロジェクト』が立ち上がったときには、社会的責務を果たそうというキヤノンの姿勢に共感し、こういった企業となら一緒に研究を続けていきたいと思いました。

次に登場するFIRSTは開発段階から関わりました。FIRSTを用いた事例に、2015年から始まった広島県三次市のCT肺がん検診があります。三次市に居住する50〜75歳の重喫煙者を対象に、毎年約1,200人のCT検診を実施しています。過去8年間で50人以上の肺がんが発見され、そのうちのほとんどはまだステージが進んでいない早期のものでした。2025年あたりから、この検診が肺がん死亡率の低減に貢献できたかを検証していくフェーズに入りますが、三次市の呼吸器内科の医師からは、進行性の肺がんが減っている印象だと聞いています。同プロジェクトにあたっては市民の理解を得ることも重要でしたので、市民公開講座を各地で行いました。低線量でのCT検査を可能にするキヤノンの被ばく低減技術があったからこそ、安心して検診を受けていただける土壌づくりができたと感じます。

2024年現在、キヤノンと共同研究に取り組んでいるPCCT。
被ばく低減だけでなく、X線のエネルギー値を識別することで物質の組成も推定できる。

低線量と高画質を両立する
新たな画像再構成技術

三次市のCT肺がん検診の際、同意を得られた被験者に対しては、通常の低線量(1.5mSv)に追加して、FIRSTを用いた超低線量(0.15mSv)での撮影も同時に行いました。その結果、FIRSTならば超低線量であっても十分な診断能を有する画像が得られることがわかっています。しかしFIRSTは膨大なデータを扱うため計算時間が長く、そのまま臨床に転用するのは容易ではありませんでした。また、超低線量で撮影した場合は、腹部や脳など、コントラストを得にくい領域だと画質が低下するという問題もありました。

ただし、このFIRSTの開発は画像再構成技術の進化に欠かせない重要なステップでした。FIRSTで得られた高精細な画像を教師データとしてディープラーニングに用いることで、より低線量で診断能の高い画像を得ることができるのが、次に登場したAiCEです。『被ばくと画質はトレードオフ』という今までの常識を覆す技術であり、さらに計算スピードも両立しています。あまりにも画期的なアイデアだったため、キヤノンの開発部長ですら発案当初は実現可能か懐疑的でしたが、取り組んでみたところよい兆しが見え、「これは素晴らしい技術になる」と猛スピードで開発が進んでいきました。2018年の欧州放射線学会でAiCEについて発表した際は非常に反響が大きく、質疑応答がたいへん盛り上がりました。シカゴにいるキヤノンの開発部隊も会場に駆けつけ、技術的な質問のバックアップをしてくれるなど、チーム一丸となって臨んだことはよい思い出です。

新たな技術開発にはもちろん苦労も伴います。例えばFIRSTのときには、高い分解能を有するがゆえに、今までにないアーチファクト(ノイズ)が発生したことがありました。しかしこれも「見えなかったものが見えるようになった」と捉えれば、ポジティブに乗り越えることができます。一山越えたらまた一山、と進んでいくうちに、当初予想もしなかったところまで到達できるものです。私も、研究室のメンバーも、「次はどうだろうか」といつも画像が出てくるのを楽しみに待っています。キヤノンとの共同研究で最先端の技術開発にかかわることができるのは、研究者として大きなモチベーションにつながっています。

より適切な運用により
さらなる被ばく低減を

現在は、キヤノンとともにPCCTというハード面での臨床研究を進めています。実用化されればさらなる被ばく低減も見込まれ、ハード・ソフトともに技術はかなり進んできたという印象です。しかしいくら装置が進化しても、人間がそれを適切に使えなければ意味がありません。過剰な撮影範囲や頻度でのCT撮影を行うことがないよう、医師側の啓発活動も必要です。医療法の改正で教育体制も整いつつありますので、今後も医師の立場から被ばく低減を目指していきます。

粟井氏・広島大学病院の皆さんと
キヤノンメディカルシステムズ社員

CT被ばく半減プロジェクト

『CT被ばく半減プロジェクト』は
医療従事者への力強いエール

福島県にある大原綜合病院の森谷氏は、画像診断という言葉がまだ一般的でなかった1980年代から、長く胸部画像診断の臨床研究に携わってきたエキスパートです。キヤノンと多くの共同研究を行ってきた森谷氏に、CTの進化、そして被ばく低減技術が医療の現場にどのような変化をもたらしたのかを伺いました。

Interview

一般財団法人 大原記念財団
大原綜合病院 診療顧問
画像診断センター長

森谷 浩史

一般財団法人 大原記念財団
大原綜合病院

取材日:2024年6月3日
(一般財団法人 大原記念財団 大原綜合病院)

負担の少ないCT検査は
胸部画像診断の要

約40年前、臨床においてCTは頭部や腹部の撮影に限定されていました。肺の撮影には息止めが必要なうえにトータルで10~20分かかり、画質も今一つだったのです。呼吸器疾患の患者さんでは息止めが辛く、X線単純撮影+X線断層撮影が主流でした。しかし徐々にCTの性能が上がり、連続撮影ができるようになったことで、全身の検査に使われ始めました。CTは病巣の細かな構造が見えることが特徴で、かつ広範囲を一度に撮影することができます。X線断層撮影は狙った部分だけを撮る方法ですので、それ以外はボケて見えません。肺全体のCT撮影では今まで見えなかった10ミリ以下の小さながんも見つかるようになり、CTが肺がんの早期発見に大変役立つことがわかってきたのです。その後ヘリカルCTが主流になってから、X線断層撮影はほとんど行われなくなりました。そのほかにも、CTを使うことで病変の細かな構造まで診ることができるので、肺に針を刺して行う生検の検査数が減少するなど、その進化によってCTは胸部画像診断に欠かせない装置となりました。

患者さんとの信頼をつないだ
キヤノンの被ばく低減技術

『CT被ばく半減プロジェクト』が始まったのは、2011年4月。当時、福島県は東電福島第一原発事故の渦中にいました。政府の発表やマスコミの報道で『被ばくの物差し』としてX線検査やCT検査が引き合いに出されることも多く、患者さんに医療被ばくについて説明するにあたり、医療従事者側は非常にセンシティブになっていたのです。そのような中、被ばくを低減しつつよい画像を得られるAIDR 3Dの存在は、私たちの大きな力になりました。実際のところ、思っていたほど医療被ばくについての質問は多くなかったのですが、患者さんに提示できる選択肢が増え、納得して治療や検査に臨んでいただけるようになったことで、医師と患者さんの信頼関係がより強くなったと感じます。市民講演会でも、震災前後の比較で、当院全体でのCT被ばくが約4割減ったことを報告できました。

被ばく低減技術がもたらしたそのほかの変化に、動態撮影の精度向上が挙げられます。肺の動態撮影は呼吸しながら肺の動きを見る検査で、撮影時間が長いことから線量が高くなるという課題がありました。しかしAIDR 3Dの登場により、動態撮影でも被ばく量を抑えつつ十分に精度の高い画像を得られるようになりました。動態撮影はさまざまな診断に有効です。例えば呼吸時の肺野の濃度の不均衡がある場合、慢性閉塞性肺疾患(COPD)が疑われます。そのほかには、胸腔鏡手術の障害になる肺の癒着状況も確認でき、外科医が術式を決めるための重要な情報となるだけでなく、患者さんにとって最適な治療方針を提示するための一助となっています。

被ばく低減を推進し
肺がん検診をCTに

日本では結核のスクリーニング検査を発端に、胸部X線単純撮影が広く普及しました。その後結核は少なくなりましたが、そのまま肺がん検診としてX線単純撮影が使われ続けています。もしCT検査の線量をX線単純撮影と同等まで下げることができれば、安全な肺がん検診としてCT検査がスタンダードになるのではないでしょうか。現在すでに近いところまで技術が進んでいますので、より精度の高い検査を低線量で提供できるよう、今後も研究を続けていきます。

※X線断層撮影:X線管とフィルムを、断層面を中心に互いに反対方向に等速度運動させ、必要な断層面を撮影する方法

一般財団法人 大原記念財団 大原綜合病院の皆さん

CT被ばく半減プロジェクト

被ばく低減技術を支えに
患者さんの不安に寄り添う

『CT被ばく半減プロジェクト』では、全機種にAIDR 3Dを搭載しただけではなく、AIDR 3Dが搭載可能な販売済のCT145台についても後付けでインストールを行いました。長崎県の平戸市民病院では、そのうちの1台を今も現役で活用しています。プロジェクトの発端となった被ばく低減技術がどのように地域医療に貢献しているのか、導入当時を知る放射線技師の岩永氏にお聞きしました。

Interview

国民健康保険 平戸市民病院
総技師長

岩永 繁範

国民健康保険 平戸市民病院

取材日:2024年6月10日(国民健康保険 平戸市民病院)

CTは地域医療の命綱。
検査数は増加傾向に

患者さんのCT検査に直接携わる放射線技師にとって、医療被ばく低減は大きな課題です。診断に耐えうる画像であることは大前提ですが、目の前の患者さんにとってのリスクとなり得る被ばくを最小限にしたいという気持ちは常に持っています。

平戸市民病院の周辺10数キロ圏内には病院がありません。そのためいわゆるコモンディジーズで来院される方もいれば、命にかかわるような切迫した状態の患者さんも搬送されてきます。救急車を飛ばしても佐世保までは1時間かかりますから、緊急性の高い患者さんの場合は当院で処置をしてから三次救急医療機関に転送する必要があります。病気の大小や緊急度が異なるさまざまな疾患を診るために、CTはなくてはならない存在です。CTの活用の幅は広く、ときには警察からの依頼で死亡時画像診断(Ai)を行うこともあります。

そういった背景もあり、CT検査数は増加しています。以前は1日5~6件だった検査数は、今では倍の12~13件になりました。放射線技師は医師のオーダーに対して適正な線量での撮影を行うことはもちろん、場合によっては医師と相談し、より適切な範囲や頻度での検査を進言するなど、不要な被ばく削減のための調整も行っています。

また放射線技師や看護師は、検査前後や検査説明のタイミングで、患者さんからの質問を受けることがよくあります。診察時には聞きづらかった、という質問の中には被ばくに関する不安などもあり、特に東日本大震災の後は、原発事故の影響で一時的に相談が増えました。そういった患者さんに対しては、イラスト付きの資料をお見せしながらリスクとメリットの両方を丁寧にお伝えし、納得していただくことを心掛けています。

新しいガイドラインにも
AIDR 3Dなら対応可能

2011年にAIDR 3Dのインストールを行った際には、キヤノンのアプリケーション専門スタッフと一緒に設定を行いました。線量は導入前後比で約3割程度落ちているほか、処理スピードが早いことに驚きましたね。2015年に医療被ばくのガイドラインであるDRLsが設定されましたが、AIDR 3Dを使用すれば基準値をオーバーすることはほぼありません。

患者さんを佐世保市内の基幹病院に紹介することも多く、その際には当院で撮影したCT画像を医療情報として提供します。受け入れ先の病院では最新のCT装置で検査・診断を行っていますが、転院先で再撮影を行ったという話は聞いていません。新しいCTと比較しても当院のCTでAIDR 3Dを使って撮影した画像は十分診断に耐えうる画像であり、一定評価されていると考えています。同じCT装置を10年以上使い続けることができたのは、AIDR 3D導入の効果もあったのではと思います。

当院は近隣事業所の検診も受けており、肺がん検診では胸部X線検査(胸部レントゲン)を用いています。CTの被ばく低減がさらに進めば、肺がん検診をCTで代替することができ、当院のような地方の病院でも、より精度の高い検診が可能になると思います。患者さんにとってより安心で信頼できる医療を提供できるよう、これからも被ばく低減を推奨していきたいです。

※コモンディジーズ:かぜ症状や腹痛、頭痛など、日常的によく遭遇する頻度の高い疾患。

国民健康保険 平戸市民病院の皆さん